サイコロの投げ方

30代ゲイの過ゴ録

始まり方

僕は自然な流れで恋人関係になったことがない。

 

自然な流れの定義が何かってのは置いておいて

要は知人・友人を経ての恋人ではなくて、

友人をすっ飛ばして恋人関係になるということ。

 

いずれもネット経由で連絡を取り始め、

一つの例外を除いては友達期間がない状態で

交際をスタートさせている。

 

 

 

友人関係を飛ばしてるもんだから

相手のことは付き合っていく中で知ることになる。

とはいえある程度のコンタクトありきで

当然スタートしているから大きな驚きはなかった。

 

それでも客観的に相手を見る時間がなかった分

相手のことを広い視野で掴めていたのかというと微妙。

 

今の彼氏については

遠距離もプラスしてやっぱまだ掴みきれていない。

だから今回会わない話になった時に

うまく自分の気持ちを伝えられず

それでモヤモヤが残っているのだと思う。

 

 

会わないことになった後のやりとりは

彼氏の様子はいつも通りだった。

僕にとっては会わない選択は結構きつかったので

やはり彼氏と感覚に違いがあるはず。

 

でも本当のところは本人に聞かないとわからない。

だから直接確かめようと思うものの

万一嫌な方向に進んだ場合を想像してしまい

今週は躊躇してしまった。

 

 

 

始まりがどうであろうと実際は過程がとても大事。

掴めていないのなら掴まないと

この先また同じことを繰り返すだろう。

だからちゃんと向き合おう、彼氏とも自分とも。

現実を見る

やるべきこととやりたいことで蓋をして

会えないという現実について

あんまりちゃんと考えられてない。

 

 

とりあえず、

会わなくていいってのは今は会いたいと思ってない

ってことになる、と思う。

 

恋人関係であっても

今は会いたい気分ではない

っていうのは当然にあるものだと思う。

 

 

けれど遠距離な僕らにとって

今年の夏に会わないというのは

単純に次の機会が来年の夏としたら

2年会わないことになる。

僕にとってはやはりさみしく感じる。

 

一方で彼氏の状況を考えると、

今は目の前のことに向き合っているのはわかっているから

2年も会えないねなんて言ったところで

そうなるね、で済んでしまう気がする。

 

 

問題はそれを僕がどう捉えるかなんだと思う。

会おうと思えば、そりゃあ明日にでも飛んでいけばいい。

でもそういう可能性の話ではなくて意思の話。

 

これまでの僕らを振り返りつつ

今後の僕らについて僕がどう思ってるのか

それを考える時なんだろう。

会えない話

今日は七夕で、

俗にいう織姫と彦星が一年に一度会う日。

 

 

去年までは彼氏に会えるのは年に数度だったけれど、

今年とおそらく来年までは年に一度になる予定。

  

だから今年は去年のブログで書いたみたいに

僕らにとっては夏の再会は遅い七夕になるなと思っていた。

 

aleaiactaest.hateblo.jp

 

 

それで今年の休みを確認したら、

今年は休みが被らないことが判明。

それでも僕は普通に会う、会えるもんだと思っていた。

 

けれど彼氏の方は違ったみたいで、

検討した結果、今年は夏に会わないことになった。

 

 

正直なところ、

これってどういうことなんだろう

ってすごい落胆した。

 

僕がどうしても会うっていえば会えなくはなかっただろう、

けれど彼氏に意思がなければ意味がないと思った。

 

だから今年は僕らは

会えないんではなくて会わないことになる。

 

 

一息いれてから

このことについて考えようと思う。