サイコロの投げ方

30代ゲイの過ゴ録

そこにあるもの

今は便利な世の中だなと思う。

気になることがあればすぐに調べて

ある程度の答えは手に入れることができる。

 

ネットを泳いでいると

色んな人の生活が垣間見えるし、

SNSからは喜怒哀楽をより簡単に覗ける。

 

 

ただ、自分が手を広げていかない限りは

自分に似た傾向の情報が周りをとりまく。

 

だから、自分が知っている世界は

現実の世界のほんの一部にすぎないことが多い。

 

 

 

僕は性行為に関してフリーな主義ではないので

愛し愛される行為は彼氏以外とはしない。

 

けれどそれは比率的にいえば少ない方に該当する、

ということをいつしか知った。

 

 

多くの人が持つ欲望であって

誰がどのように行動するかは個々の自由。

 

それはわかっているけれど、

自分が少数派に感じることが

なんだかやるせなかった。

 

 

最近、そのやるせなさが少し解けた。

 

愛があるんか、

なんて問いかけるCMが最近あるけれど、

まさしくそれだ、と。

 

そこに愛があるから、

僕はその相手と愛し合いたいんであって、

単に肉体欲を満たすだけでは心は満たされない。

 

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僕が見知った範囲では、

愛がなくて満たされないことに気づかず

一時の欲を満たしてはすぐに枯渇し

それを繰り返している人が多い。

 

類は友を呼ぶ、

だから、自分の周りには似た傾向の人が集まる。

 

僕の周りに関して言えば僕は少数派ではない。

すなわち愛がある人が多いということ。

 

 

普段「愛」という言葉はなかなか使わない。

ということで今日は

普段思ってても表しにくいことをここで書いてみた。

 

愛ある縁に感謝。

 

 

beloved

時の流れとともにその時の感情も薄れていくもので、

これからの身の振り方を改めて考えよう、としていたものの

どんなことだったのかの輪郭はぼやけてしまった。

 

aleaiactaest.hateblo.jp

 

ただ分かっているのは、

飲み会を通じて感じた感覚が

やがてまた来るだろうということ。

それは数年前に聞いた知人の経験談に通ずる。

 

 

その人はパートナーと出会って幸せな日々を過ごしてきたが

その間に2回ほど、突然大号泣したことがあったという。

理由はパートナーとのいざこざ等ではなく、

ゲイとしての自分の人生における

家族との関係性であったり自分のそれまでの人生観だったりを

自分なりに消化するために必要な号泣だったとのこと。

 

その話を聞いた時に、

自分にもこの先そういった場面があるんだろうなと思った。

親のことや自分のそれまで描いてきた未来のこと、

そしてこれから先のことを考えて心が不安定な時期があったから。

知人の話を聞いた頃には自分の中でだいぶ整理できていたけれど

いざ直面したら、想定外の気持ちにもなるだろうなと。

 

そしてそれが先日の飲み会をキッカケに訪れた。

すなわち心構えを見直す必要があるってことなのだろう。

 

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生きていく中で色んな分かれ道に様々なタイミングで直面する。

不安定な状態は決して好ましくはないけれど、

自信を持って前を見て進んでいくには

悩んでもがいてちゃんと選択することが必要になってくる。

 

この夏は前向きに未来を見据えるのが自分への課題。

会う話

ちょうど一年前は

彼氏と会えないって話を書いていた。

 

aleaiactaest.hateblo.jp

 

今年は問題なく彼氏に会いに行く予定。

それだけでやっぱうれしい。

 

 

 

遠距離カップルのブログで

何キロ離れてます、

ってのをたまに見かける。

それを思い出して僕らの距離を調べてみた。

 

おおよそ500キロ。

…だからどうってこともなく、

というか距離感がピンとこないけれど、

これが他人の話だったら遠いなぁとは思う。

 

ちなみに大阪から東京はおおよそ400キロらしい。

そんでもって織彦カップルは約15光年だそう。

 

 

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遠いから簡単に会えないけれど、

会いに行くときは旅行気分もあって

それはそれで自分的にはメリット。

 

ただ、将来的には近くには住みたいなと思う、

全く見通しは経っていないけども。

 

ひとまず今年は会える話になってよかった。